みかんに「温州(うんしゅう)」とついているため、原産地は中国ではないかと思われがちなのですが、ルーツは鹿児島県であろうとされています。 永年この貴重な果実が広まらなかったのは薩摩藩の閉鎖性によるとの説もあります。 これとは別に、紀州には小みかんがあり、紀伊国屋文左衛門が江戸に運んだみかんです。 みかんは江戸時代からありましたが、全国に普及したのは明治時代以降のようです。 その後、大正、昭和と進む間に、庶民の果物として定着しました。 戦中、戦後の飢餓時代も、庶民の憧れの果物でしたし、経済の高度成長と農業基本法の制定後は、選択的拡大品目の寵児としてもてはやされました。 日本列島みかん山だらけというほどの急成長の後、一転して無残な生産調整と廃園事業というのがみかんの辿った軌跡です。 みかんブームのピークは昭和50年頃で、当時全国の生産量は300万トンを超え、消費量も一世帯あたり77キロであり、大いに作り大いに食べた時代でした。 |